
近年、米国の企業型確定拠出年金(DC)プランにおいてオルタナティブ資産の組入れが可能となる動きが注目を集めています。
この変化は、従来の運用手法に新たな選択肢を提供するものであり、退職後の資産形成を支える重要な要素となり得ます。
本稿では、オルタナティブ資産がDCプランに組み込まれる背景、その運用に与える影響、そして日本の資産運用への波及効果について考察します。
オルタナティブ資産は、伝統的な株式や債券以外の投資対象を指します。具体的には、不動産、プライベートエクイティ(PE)、ヘッジファンド、インフラ投資、コモディティなどが含まれます。これらの資産は、一般的に伝統的な株式や債券等の公開市場での値動きとの相関が低く、ポートフォリオのリスク分散効果を高めることができるとされています。
米国では、DCプラン(Defined Contribution Plan, 確定拠出型年金)が退職後の資産形成における主要な手段となっています。
米国のDCプランとは、企業や従業員が毎月または毎年一定額を拠出し、従業員本人が投資運用を行い、その運用成果によって将来受け取る年金額が決まる制度です。
民間企業従業員が加入者になる401(k)プランと呼ばれるDCプランが最も普及しているものです。それは日本の企業型DCやiDeCoの原型となった仕組みです。
しかし、従来のDCプランは株式や債券等の伝統的資産への投資が中心であり、市場変動リスクに対する十分な分散効果が得られない場合がありました。
この問題を解決するため、規制緩和や技術革新を通じて、オルタナティブ資産へのアクセスを拡大する動きが進んでいます。
2020年、米国労働省は、DCプランにおいてプライベートエクイティを組み入れることを認めるガイダンスを発表しました。この規制緩和により、DCプランの運用商品としてオルタナティブ資産が選択肢に加わる道が開かれました。
2025年8月7日、トランプ大統領がDCプランにプライベートエクイティ、不動産、暗号資産などのオルタナティブ資産を含めることを認める大統領令に署名しました。これにより、労働省や証券取引委員会(SEC)が関連規制を見直すよう指示が出されました。
市場のボラティリティが高まる中で、従来型の株式や債券だけではリスク分散が十分でないと考えられるようになりました。オルタナティブ資産の動きは公開市場で取引される伝統的資産の動きとの相関が低いため、ポートフォリオ全体の安定性(リスク分散)の向上が期待されます。
オルタナティブ資産を組み入れたポートフォリオについてはこちらのコラムをご覧ください。
オルタナティブ資産の組入れは、DCプランの運用にいくつかの影響を与えると考えられます。
オルタナティブ資産の動きは伝統的な資産クラスとは異なる要因に左右されるため、ポートフォリオ全体のリスクを低減させる可能性があります。これにより、加入者は市場変動による影響を緩和しつつ、安定したリターンを追求できる可能性が高まると期待されます。
不動産やインフラ投資などのオルタナティブ資産は、比較的長期的な視点で収益を生み出すことが期待されます。DCプランは退職後の資産形成が目的であるため、長期的な収益性向上は大きなメリットとなります。
一方、オルタナティブ資産は伝統的な資産よりも運用管理が複雑であり、コストも高くなる可能性があります。加入者への情報提供や教育が重要となり、運用会社には透明性と説明責任が求められるでしょう。
オルタナティブ資産はその特性やリスクが一般的な株式や債券とは異なるため、DCプラン加入者への十分な教育と情報提供が必要です。これにより、加入者自身が自分の投資選択について理解を深めることが可能になります。
大手運用会社による商品提供準備が進んでいる一方、DCのプランスポンサー(運営者)側は法的・運用上の懸念から慎重な姿勢が根強く、普及には時間を要する可能性があります。
米国企業型DCプランにおけるオルタナティブ資産の導入はまだ初期段階ですが、今後その重要性はさらに高まると予想されます。特に以下の点に注目する必要があります。
米国労働省によるガイダンスは今後も進化する可能性があります。プランスポンサーが規制環境の変化に対応するためには、最新情報を常に把握し、それに基づいて運用戦略を調整することが求められます。
フィンテックやデータ分析技術の進化により、オルタナティブ資産の評価や管理が効率化される可能性があります。これにより、小規模なDCプランでもオルタナティブ資産へのアクセスが容易になる可能性があります。
米国以外でもDCプランにおけるオルタナティブ資産導入の動きが広がる可能性があります。日本を含む他国でも同様のトレンドが発生するか注視する必要があります。
現時点で、米国の動きを直接的に日本のNISAおよびiDeCoに反映させる制度変更等の議論は確認できていません。しかし当面は、以下のような間接的な波及効果が考えられます。
米国で確定拠出年金にオルタナティブ資産を組み込む動きが出てきたことは、日本のiDeCoや企業型DC、さらにはNISAにおける投資商品の多様化やリスク許容度に関する議論に一定の示唆を与える可能性があります。
米国の事例を参考に、日本でも分散投資の重要性が改めて認識されるでしょう。特に低金利環境下では、伝統的な債券中心の運用では十分なリターンを得ることが難しいため、オルタナティブ資産への関心が高まると予想されます。
日本でもオルタナティブ資産を組み込んだ年金運用商品が増加する可能性があります。不動産ファンドやインフラ投資ファンドなど、新たな選択肢が提供されることで、加入者はより柔軟な運用戦略を選べるようになるでしょう。
米国同様、日本でも規制緩和が進むことで、新たな運用手法が普及する可能性があります。ただし、日本では年金制度や金融商品の規制が米国と異なるため、その導入には慎重な検討が求められます。特にオルタナティブ資産のような運用プロセスや評価方法が複雑な商品に関しては、厚生労働省や金融庁が慎重に検討する必要があるため、即時の導入とはなりにくいかもしれません。
米国企業型DCプランへのオルタナティブ資産組入れは、規制緩和や市場環境の変化によって実現可能となりつつあります。この動きは、高いリターンやリスク分散効果をもたらす一方で、コスト増加や複雑性といった課題も伴います。
日本においても、この変化は資産運用業界全体に影響を与える可能性があります。分散投資への意識向上や商品の多様化が進むことで、個人投資家や年金加入者に新たな選択肢を提供する契機となると考えられます。
【著者プロフィール】
林 茂(はやし しげる)
三井物産デジタル・アセットマネジメント株式会社
投資顧問部長
一橋大学商学部商学科卒(専攻:マクロ経済学、ファイナンス理論)
日本長期信用銀行(現SBI新生銀行)にて市場営業部マネートレーダーと新宿支店融資担当を経て、投資信託子会社に出向し日本株投信とアジア株投信のファンドマネジャーを務める。その後明治ドレスナー・アセットマネジメントで年金基金向けにグローバル株式の運用を担当。2006年からクレディ・アグリコルアセットマネジメントで日本株運用の責任者。2016年よりシンガポールの日系ファミリー・オフィスにてシニア・ポートフォリオ・マネジャー。帰国後、事業会社の自己資金運用責任者や外資系不動産会社にてCFO代理等を経て2024年6月より現職。
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